「タイ生活って、毎日楽しそうですね」
日本にいる友人から、そう言われるたびに、私は曖昧に笑うしかなかった。
Instagramには、カフェ、南国の空、プール付きコンドミニアム。
たしかに“映える”生活だったと思う。
でも実際の私は、1日のほとんどを、誰とも話さずに過ごしていた。
「バンコク赴任が決まった」と聞いた日のこと
夫のバンコク赴任が決まったのは、3年前。
大手メーカー勤務の夫は、少し誇らしげだった。
「海外赴任なんてチャンスだし、子どもにもいい経験になると思う」
私も最初は前向きだった。
東南アジア、海外生活、インターナショナルスクール。
“人生の転機”みたいなものを感じていた。
日本での仕事は辞めた。
10年以上続けた事務職だった。
「海外なら、新しいこともできるかもしれない」
そう思っていた。
最初の3ヶ月は、旅行みたいだった
バンコク生活の最初の頃は、正直かなり楽しかった。
週末はショッピングモール。
タイ料理。
ナイトマーケット。
Grabですぐ移動できる便利さ。
日本より豊かに感じる瞬間もあった。
家賃補助付きの高層コンドミニアム。
ジム、プール、ラウンジ。
「駐在ってすごいね」
日本の友達にも羨ましがられた。
でも、その空気は長く続かなかった。
夫は毎日“日本人社会”にいる
夫は朝7時半に出勤し、帰宅は22時過ぎ。
取引先との会食。
日本本社との接待。
駐在員同士の飲み会。
「海外勤務って、人付き合いも仕事だから」
夫はそう言っていた。
一方で、私はというと——
朝、子どもを送ったあと、急に“無”になる。
日本なら、職場があった。
同僚がいた。
雑談があった。
でもバンコクでは、誰とも話さない日が普通にある。
コンビニで「ค่ะ(カー)」と言うだけ。
気づけば、その日初めて声を出したのが夕方、という日もあった。
「駐在妻コミュニティ」に馴染めなかった
もちろん、日本人の奥様コミュニティはある。
でも、そこにも独特の空気があった。
夫の会社。
住んでいるエリア。
子どもの学校。
運転手付きかどうか。
そんな話題が、悪気なく飛び交う。
最初は頑張って参加していた。
でも帰宅後、毎回どっと疲れる。
“マウント”というほど露骨ではない。
でも、確実に序列みたいなものは存在していた。
私は徐々に行かなくなった。
「今日、誰とも話してない」
ある日、夫が帰宅して言った。
「なんか最近、暗くない?」
その瞬間、涙が止まらなくなった。
「私、今日あなた以外と話してない」
自分でも驚くくらい、感情が溢れた。
夫は困った顔をしていた。
でも、夫も余裕がなかったのだと思う。
海外勤務は、想像以上に消耗する。
日本本社との板挟み。
現地スタッフとの文化差。
成果プレッシャー。
夫も、毎日戦っていた。
だからこそ、私は「辛い」と言えなかった。
「日本に帰りたい」と思った夜
一度だけ、本気で帰国したいと思った夜があった。
夫は接待で深夜帰宅。
子どもは熱を出していた。
タイの病院は綺麗だし、日本語通訳もいる。
頭では“恵まれている”と分かっていた。
でも、夜のコンドミニアムで、高熱の子どもを抱えながら、
「もし何かあったら、私は一人なんだ」
と急に怖くなった。
日本なら、実家があった。
友達がいた。
近所の小児科も知っていた。
海外では、“小さな不安”が全部自分にのしかかる。
その夜、ベランダから見えるバンコクの夜景は、すごく綺麗だった。
でも同時に、異様に遠く感じた。
SNSを見るのが辛くなった
駐在生活が苦しくなってから、SNSを見るのが嫌になった。
同じバンコク在住の日本人。
高級ホテルのアフタヌーンティー。
ゴルフ。
インターナショナルスクール。
ラグジュアリーなコンドミニアム。
みんな楽しそうだった。
もちろん、本当に楽しんでいる人もいると思う。
でも、“幸せそうに見せる圧力”みたいなものも、確実にある。
「海外生活を楽しめていない自分」が、ダメ人間に思えてしまう。
だから余計に、誰にも相談できなかった。
「海外にいるのに、世界が狭くなる」
海外に来れば、もっと自由になれると思っていた。
でも実際は逆だった。
生活圏は、日本人コミュニティとショッピングモールだけ。
言葉が完璧じゃないから、深い現地コミュニティには入れない。
夫は仕事で世界を広げていくのに、自分だけ社会から切り離されていく感覚があった。
「海外にいるのに、世界が狭くなる人もいるんだ」
その時初めて知った。
「海外赴任=幸せ」とは限らない
海外赴任には、確かに華やかな部分がある。
でもその裏には、
・孤独
・キャリア喪失
・夫婦関係の変化
・教育不安
・アイデンティティの揺らぎ
そういう、“見えにくい負担”もかなり大きい。
特に帯同側は、「恵まれているんだから我慢しなきゃ」と思い込みやすい。
でも、人は環境が大きく変われば、普通に心が揺れる。
それは弱さではない。
今、海外生活で苦しい人へ
もし今、
「海外生活、思っていたより辛いな」
「誰にも本音を言えないな」
そう感じている人がいるなら。
たぶん、同じように感じている人は想像以上に多い。
SNSには出てこないだけで、
夜中に一人で泣いたことがある駐在妻も、
帰国したいと思った駐在員も、
実はたくさんいる。
海外赴任は、“人生が豊かになる経験”にもなる。
でも同時に、“自分を見失いやすい環境”でもある。
だからこそ、
無理して「キラキラしている自分」を演じなくていい。
まずは、自分がちゃんと笑える居場所を見つけること。
それが、海外生活を続ける上で、一番大切なのかもしれない。



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